子供との距離感

2018年08月02日

まなびレスキューに通う子にちょっとした問題児(?)仮にA君がいます。遅刻&忘れ物常習犯で、注意しても全く治らないし、へこたれません。
良く言えば、“めげない子”ともいえるでしょう。あまりにも、10分の遅刻が多いため、くどくそれを注意すると、次回は9分遅刻でやってくるという…。

 

 

「このままずっと遅刻し続けるなら塾を辞めた方がいいんじゃない?」とお話ししたことも1度ではありません。しかしそのたびに「辞めるつもりはない」といいます。

私的にはありがたいような、でもこのまま遅刻&忘れ物常習犯でいては、大人になってからが心配です…。

 

 

怒られてもめげない子に見る関係性

 

ある時、A君はどうしてこんなに注意してもめげないのかと考えてみました。

理由には家族関係も一つありそうでした。

母子家庭で早くに父親を亡くし、母親は毎日働きづめ。しかも、仕事が夜間の場合もあったようです。

母親は厳しくしつけをしようとし、小学生の頃はずいぶんと叱られることもあるようでした。

今はそろそろ中学生。言わずと知れた反抗期!お母様との会話はあまり様子。

 

このようなA君を見ていると、小さい頃から情緒面を育てるとか、勉強など学生としてやらなければならないことに、そこまで重きを置いて育てられていないように思うのです。

例えば、親からはいつも「勉強しなさい」とだけ言われ、点数が悪いと叱られる。

そういったタイプの教育だけだったのかなと。

それだけに彼が来はじめのころ、私が「どうしてそう思うの?」とか「それはA君の考えなの?」と問いかけると、まるで違う言語でも聞いているかのような表情に悩んだこともありました。

 

そんな姿を見ていると、あまり表情がない、自分の考えを持ちにくい、本当の気持ちが伝わりにくいに通じる感じがしました。

 

 

その一方で、この塾での私との距離感を悪くないと感じてくれているのかな?とも思うことも。

この塾ではご両親や学校の先生とはまた違うスタンスで「やればできる!」「大丈夫だよ」「できるのを待つよ」という気持ちを子供たちに伝えるようにしています。

実際、最近の子供たちは褒め過ぎる大人にも褒めない大人にも苦手意識を持つ傾向があるようで、そのどちらにも振れすぎず、褒めるところは褒め、叱るところはきちんと叱る。そして、叱っても引きずらない。

ただ叱るというより、例えば「このままやらないとどうなっちゃうかな?」という問いを投げかけ、考えさせるようにしています。

言ってみれば先生・お母さん・近所のおばちゃん。かっこよく言えば人生の先輩。といくつかの顔をもつことで、いい距離感を意識するようにしています。

 

 

 

もちろん、心配になるのが親心

遅刻に関して、A君にこんな風に話したことがあります。

「約束って破るためにするものじゃないよね?例えば、午後3時に遊ぶ約束をした友達が何度も遅刻して来たらどうする?」

「う~ん。それはヤダな。友達として信用できなくなるかも」

と、その時は自分事に落とし込んで考えられるのですが、結局は自分の遅刻となるとまた別の事になってしまうようです。

A君のお母さまにも余りに続くときはもちろんお伝えします。

当事者であるお母さまは、また『ただ叱る』という行為にでてしまいます。

 

親なのですから当然。

当然なのですが、子どもにしてみると

『またか』とか

『こんな時ばっかり』とか

『お母さんはいつもこうだ』とか

思ったりしてしまいます。

(実際、私もそうでした 皆さまはいかがでしょう?)

 

 

 

こんな時に思い出していただきたいのが『課題の分離』という言葉です。

課題の分離というのは、例えば

宿題をやらないのは子供の問題であって、親である自分の問題ではない

と分離して考えることです。

 

どんな親御さんも

子どもを一人前に立派に育て上げること

を願っていると思います。

ただその気持ちだけに囚われすぎ『もっともっと』と力が入りすぎ、頑張ってほしいという気持ちを込めて誰かのお子さんと比較したり、ご両親の情熱を伝えたくてひたすら叱責をしてしまったり、ダメ親にみられてはいけないとつい細かいことまで口出ししてしまうことはありませんか?

このやり過ぎが問題です。

 

この真面目なお母さんやお父さんの口癖ともいえる台詞が

「あなたのためを思って」

という言葉です。

 

「あなたのためと思ってという人に、そう思っている人は一人もいないと思う」

とこれはうちの子供の言葉です。

その通りだと思います。

 

 

つまり『本当に困るのは誰か?』ということです。

親だって困るに決まってる!

そんな声も聞こえてきそうです。

それ 本当ですか?

学校で困るのは本人です。

『恥ずかしいな』『嫌だな』と思えば、本人が何とかしようとします。

これが一番大切です。

 

これらの子供の問題をすべてご両親がかぶる必要もありませんし、ずっとはかぶることは出来ないと思いませんか?もしこれを続けていけば、一生子供は独立できなくなってしまいます。

 

 

 

課題の分離をトレーニングしよう

「課題の分離」はアドラー心理学でも出てくる大きなテーマの一つ。

そんなに簡単には身につかないかもしれません。

 

愛する我が子のことですものね。

気持ちが入るのは当然。

 

ここで 日々の中で取り入れられそうな一例。

 

子どもに何か過激に伝えそうになった時

すぐに「これは誰の問題?」とご自分に問うのです。

これだけでも違います。

 

そう自分に問うだけで、上げたこぶしが下がるという感じがしませんか?

 

遅刻するのは子供の問題。忘れ物するのも子供の問題。

 

それが今後の人生にどう影響するか、自分自身の身をもって感じないと、中々治りません。

ただ、親はその子を見守り、支える側にまわる。

これもアドラー心理学です。

私も一介の親として日々習得の難しさを感じてもいます。

 

 

 

今、A君対策の一環として塾に専用筆箱を置いています。

遅刻にしても段々パターンが見えてきて、今日は何分くらい遅刻するって分かるようになりました(笑)。

そして これはA君の問題だからと気持ちをきりかえ、授業には差し支えないようにしています。

 

A君はとても純粋で、ずるいところがありません。そして正直でもあります。

うまく課題の分離を意識できなかった時は、そんなA君に気づくこともなかったような。

それを意識することで ずいぶん気持ちに余裕がでました。

 

まだまだ発展途上のまなびレスキューですが、どうぞよろしくお願い致します。